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書きたくないもの程、書いていく勇気

さて、今回のタイトル「書きたくないもの程、書いていく勇気」。

この言葉を私に教えてくださったのは、
私が高校の頃、三年間国語を担当して下さっていた、尊敬する先生なんですね。

その方は、私が卒業する年に定年退職された女性の先生で、
ご自身もアマチュアとして小説を書いては、新聞に投稿しておられました。
何度か載った事もあったそうです。

私が三年の頃、先生も長かった教師人生を終える一年でしたので
最後の集大成として、人生についての事や、創作についての事を
授業とは別に、多く語って下さいました。

よくよく考えてみると、
今の私の創作に関する事や、生き方に関する事は
この方から教わった事が多いように思います。

その先生が、ある日、こんな事を言われました。

「小説を書くってのは、ほんまに辛い事よ。
 自分の見たくない部分をえぐり出すような作業やからね。
 作り物やって考えて、自分の見たい物ばっかり書くのは簡単やけど
 そんな事してたら、ものすごく薄っぺらい小説になってまう。
 本当に良い作品を書こうと思うと、自分が一番辛いと思うような部分を
 あえて書いていくような勇気がいると思うわ。
 それが正しい方法論とは言わへんけど、結果として、人にも伝わってくと思う」

この言葉、小説を書き始めたばかりの私には
いまいち意味がわからなかったのですが、
作品を重ねていくと、本当にこの言葉の意味がよくわかってきます。

小説というのは、基本的には自由ですから
どんな文章でも、どんなストーリーでも書いてしまえます。

逆に言うと、自分の望みがそのまま形になるんですね。

自分にとって気持ちの良い作品を書こうと思うと、
やはり自分が可愛いですから、「努力して頑張って成功する」というパターンや
「仲間と上手くやっていて、楽しく過ごす」というパターンなど、
読んでいて(というより、『書いていて』かな?)
心地よいパターンのストーリーを組み合わせてしまいがちです。

多くの作品もやはりそうだと思いますが、
物語の最後(エンディング)では、そういったパターンを持ってくる方が
読み手の皆様にとって後味のよい作品になるかと思います。

しかし、最初から最後まで、そんな「心地よいパターン」の繰り返しでは
書いている方が非常に楽しいですが、読んでいる方から見ると
本当に味気ない、同じ事の繰り返し小説になってしまうんですね。

「自分の小説に、自分が一番辛いと思う事をあえて入れる」

という意識が、あるか否か。

ここが作品としての面白みを出せるか出せないかの
分かれ道だと思います。

 

少し、具体的な例を挙げて考えてみましょう。

例えば。
あなたが小説を書く時、物語の中盤あたりで
仲間同士が喧嘩をするシーンを書いたとします。

この時、一時的には言い合いをするものの、
すぐにお互いを理解して仲直りするというシーン。

これは、喧嘩という事実だけを見ると「辛い事」になるのかも知れませんが
小説のストーリーとして考えると、「辛い事」にはならないように思います。

といいますのも。

喧嘩しているその瞬間は、確かに「辛い事」なのかも知れませんが、
すぐに和解してしまうと、それは長いストーリーの中で見れば
「心地よいパターン」に入ってしまうと思います。

「いざこざはあったけれども、お互いにわかりあおうと努力し、そして仲直りが出来た」というパターンになります。

では、どうするべきか。

私はバッドエンディングを薦めるタイプではないのですが、
それでもあえて後味の悪いものを入れる事も必要だと考えています。

例えば一度喧嘩をしてそのまま争いが続き、最後まで理解しあえないまま物語が終わるというパターン。

これなどは、すごく後味が悪いですし、
書き手としても、出来れば書きたくないパターンになりますよね。

あくまで例えですし、こういったものを突き詰めていくと、
何を書いてもバッドエンディングになってしまいますから
読み手にも優しくない作品になります。

それを薦めている訳ではありませんが、
しかし、心地よいパターンばかりを組み合わせても
やはり作品としては面白くなくなってしまいます。

要は、それらをどういう割合で配置していくのか。
そのバランスによると思います。

物語を書いていく中で、
「自分はこういうのは嫌だな」と思うストーリーがあると思います。

書き手としては、苦しみながら書きたくはないですし、
なるべく自分の心に優しい作品を書きたいという気持ちが、
どうしても出てくると思います。

しかし、その気持ちに素直に従っていると
書き手としては心地よいですし、すごく満足のいく作品になるものの、
読み手としては、やはりどこか「物足りない」感じを与えてしまいます。

「心地よいのは書き手だけ」
という状態になってしまうんですね。

物語全体のバランスを考えると、
やはり、心地よいパターンと辛いパターンの割合を
上手く調整できている作品が、人々の心を惹きつけているように思います。

ここからは、何のために小説を書くのかという話にもなりますが、
もしあなたが
「自分のためだけに書いてるから、他の人がどう読んでも関係ない」
という考え方をお持ちであれば、心地よいパターンを
重ねていく方法で良いと思います。

しかし、もし
「自分が書いたもので、他の誰かに感動を覚えてもらいたい」
という、読み手の事を考えて書いていきたいという意思がある場合は、
ぜひとも、「自分が辛いと思う事」をあえて物語に入れてみて下さい。

それは、書く側からすると辛い作業にはなりますが、
作品全体をレベルアップさせる意味で、とても大切な事になると思います。

なんだか、少しストイックな内容になってしまいましたが、
辛い気持ちを抑えて、是非一度トライしてみてください。

それを自分のものに出来た時、作品として成長していると同時に、
あなた自身も成長しているのではないかと思います。

あなたの作品の更なる飛躍を願っております。