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変わり続けるものと、およそ変わらないもの

ちょっとしたきっかけがありまして
この数年間に自分が書いた文章を、一気に読み返してみました。

すると、やはり昔と今とでは、まるで文体が違って見えてきます。

よく似てはいるんですけれどね。
文体もそう、行間の使い方も、リズムも言葉遣いもやはり微妙に違います。

これは少し暴論になってしまうかも知れませんが、
私の個人的な考えで申し上げますと、「文章は年を取るだけで、変わってくる」 という傾向があるように思うのです。

年を取る、というのは、その期間文章の修行をしていたから
レベルが上がっている、という意味ではなく。

ただ何もしないでいても、年をとるだけで文章は変わってしまうと思うのです。
もちろん、「レベルアップする」という意味ではありません。

上手くなっているか、あるいはレベルが落ちるかはわかりません。
その人次第、人それぞれでしょう。

ただ、昔の自分と同じ文章は絶対に書けない。
そう思うのです。

話は変わりますが、
先日、私の勤めている会社の社長の話を聞く機会があったのですが、
そこでこれに近い話が出ていました。
その内容はと言いますと、

『変化というのは、短いスパンでは見えにくいものだ。
 だが、例えば5年前と比べてみてほしい。仕事のやり方も内容も
 今とは全く違うと思う。昨日と今日を比べれば変化には気付きにくい。
 だが、長いスパンで見れば、それは明らかに違う。
 特に私達の会社は変化が急だ。1年前とも別の会社のように変わっていく。
 これを活かすも捨てるもあなた達次第だが、
 私としては、是非これをチャンスと捉えて活かしてほしい』

という内容でした。

これはビジネスでの話ですが、文章でもよく似ていると思うんですね。

文章は、単なるテクニックの集まりではなくて、その人の個性や考え方が
ダイレクトに出てしまうものだと思います。

価値観が変われば、表現する内容が変わってきます。
感性が変われば、表現方法から変わってきます。

5年前のあなたと今のあなたが、全く同じだとしたら
あるいは同じ文章が書けるかも知れません。

しかし、普通はそんなことはあり得ません。
私達はいつも経験を積んで変わって行きます。


その過程で、文章も当然のように変わってきます。

それは、言葉の選び方であったり、行間の使い方であったり、
そもそも表現する内容が変わっていたり。
表われ方は様々です。しかし確実に変わります。

小説や音楽や絵画の世界で、皆さんの好みにも
それが出ているかと思います。

例えば、
「○○さんの昔の作品は好きだけれど、今の作品はあまり好きじゃない」
という事がありますよね。もちろん、その逆もあります。

これは作者自身が変わったという事もありますが、時が経って
受け取る側(小説で言えば、読者側)の考え方も日々変わっている、という
要素もあると思います。

 

いつまでも同じように、同じ人を好きでい続けるというのは難しいものです。

感性や感覚は日々変わります。その過程で去っていく人もいれば、
新たに出会える人も出てきます。

書く側は、そういう意味では、読み手の変化もきちんと意識している必要が
あると思うんですね。

感想文やファンレターというのは、それを感じるのに一番ダイレクトなものですし
アクセス解析、アンケート、統計などもその一つでしょう。

変化は間違いなく起こり続けます。そこで同じでい続ける事自体が難しい事だと思うんですね。

 

しかし。

そんな中で逆に、「およそ変わらないもの」もあると思います。矛盾しているようですけれども。

その変わらないものは、
『その作者の一番深い根本にあるもの』
だと思います。

 

少しわかりにくいので、例えを一つ。

このサイトの記事でも何度か書いた事がありますが、私はMr.childrenのファンです。

私がミスチルを好きでい続けているのも、これが理由なんです。

ミスチルの歌詞を書いている桜井さん。
彼は結構、変化の激しい方だと思います。
ミスチルのアルバムを時系列で見ていくと、歌詞の表現内容がまるで違うんですね。

ある時期はとてもポジティブ。前向きに恋や生き方を語っています。
そしてある時期は、とてもネガティブ。前向きなもの全てに絶望しているようにも
見えます。(それでも前向きになりたいという想いが微かに見えます)
そしてある時期になると、またそれを乗り越え、現実を見た上で頑張っていこう、
という姿勢に変わっていたりします。

そうして表現方法も内容も、常に変わって行きます。

しかし、その根本にあるもの。
それは、私が個人的に感じているのは

「感受性が豊かで、ふとした事によく傷ついて、絶望もするし失望もする。
 それでも、諦めるという事だけは絶対にしない。いつか上を向いて、生きたい」

という根本的な想いがあるように感じます。

私はそれが好きで聴いているんですね。

表現方法も内容も変わります。全てが変わり続けます。
しかし、その根本にある、『生き様』あるいは『哲学』は変わらない。

だから、そんな上下にブレても変わりながらでも、
同じ考えを貫いている言葉が好きで、昔からずっと好きでい続けられるんですね。

 

表面的なものは、日々、激しいスピードで変わり続けています。
その分野で同じでい続ける事は、人である限り、おそらく不可能です。

しかし、根本的な場所では、「およそ変わらない」ものがあると思います。

本気でその作者が好き、という場合は、気付かない内にそれが見えているのかも知れません。

そして、書く側に立った場合、自分がブレている、と思う事もあるでしょうが、
そんな上下の激しい変化の中でも、『いつまでも変わらない自分』がどこかにある、と感じてほしいのです。

自分のベースになるもの。
哲学。感性。基本的な考え方。根本にあるもの。

どんな表現が一番良いのかはわかりません。
しかし、そこにあるものを感じてもらえれば、本当に嬉しいと思います。

抽象的な話なので、わかってもらえないかも知れません、
しかし大切な事なので、是非とも書いておきたい。

漠然とでも、感覚ででもわかってもらえれば、本当に幸いです。
そんな想いからの、一文でした。