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文章をより印象的にする手法

突然ではありますが、野球の漫画を読まれた事はありますでしょうか?

漫画名は何でも良いのですが、およそどの漫画でも出てくるシーンがあります。

一番好きだった野球漫画をちょっと思い出してみて下さい。

例えば。

主人公がバッターで、カウントは2ストライク3ボール。

ライバルの投手がボールを投げました。

主人公は「直球で来る」と予想してバットを振ったら
ボールが途中から「くいっ」と曲がって(実はカーブボールだった)、
主人公が心の中で
「曲がった!? そんなバカな!」
と(心の中で)叫んでいるシーン。

こういったシーン、どの漫画でもありますよね。

今回はこれを例に考えてみたいと思います。

 

…よくよく考えてみますと。
このシーン、おかしいですよね。

ボールは高速で飛んできています。

主人公がバットを振りながら「曲がった!? そんなバカな」と
心の中で思っていたとしたら、
実際は「曲が」のあたりで、多分ボールは既にキャッチャーのミットの中です。

二行分も台詞を言える程、ボールは遅く飛んできません。

そう。

このシーン、映画で言えば、スローモーションがかかっていますよね。
そして、スローなのに、主人公の頭の中だけは通常のスピードで時間が進んでいます。

これは、実際の世界ではありえませんが、
物語としては非常に効果の高い表現方法です。

大切なシーンをスローモーションにして、
その間に主人公の「想い」(考えなど)を表現する。

こうする事で、ひとつひとつのシーンがゆっくりと流れ、
しかも感情が入りますから、とても大切なシーンになります。

当然、ストーリーはこの方が(現実的に書くよりも)盛り上がりますよね。

これと同じ事が、小説でも表現する事が出来ます。

例えば、下の一文をご覧下さい。

【例文 小説の中のワンシーン】

(設定として、主人公の女性(ユリ)が、ロビーで友人と待ち合わせをしました。
 友人(カナ)は既に来てタバコを吸っています。そこへユリが遅れて
 入ってきました。「遅れてごめんなさい」と言って、席に座ろうとします。
 カナはとても綺麗なドレスを着ていました。時間は深夜です)

「お疲れ」
カナは、ロビーに着いたユリを見て、小さな声で呟く。
「カナさん、今日はいつもより素敵ですね」
「今日は送別会だったの」
ユリは鞄を置いてソファーに腰を下ろす。
「友達のですか?」
「私のよ」
「…え?」
カナはタバコを灰皿に押し付け、ユリの目を見つめる。
「私、留学する事にしたの。来月にはここを出るわ」

…いかがでしょうか。

人によって感じ方は色々かと思いますが、およそ
この話の中では、時間の流れ方は一般的(普通のスピード)ですよね。

どこかでスローモーションがかかっている訳ではありません。

次に、上の例文にスローをかけたバージョンをご覧下さい。

【例文 小説のワンシーンその2】

「お疲れ」
カナは、ロビーに着いたユリを見て、小さな声で呟く。
「カナさん、今日はいつもより素敵ですね」
「今日は送別会だったの」
ユリは鞄を置いてソファーに腰を下ろす。
「友達のですか?」
「私のよ」
「…え?」
全く想定外の答えに、ユリは一瞬何と返してよいのかがわからなかった。
ユリの知る限り、彼女は今の最高の成績を出しているはずだった。辞める理由など
どこにもない。しかも、来月には昇進も控えているのに、こんなタイミングで
辞めるのが考えられなかった。ユリは、その理由が全く理解できなかった。
カナはタバコを灰皿に押し付け、ユリの目を見つめる。
「私、留学する事にしたの。来月にはここを出るわ」

…いかがでしょう。

「…え?」の後に、ユリの想いが入っていますよね。
この「想い」を語る数行の間、時間はゆっくり流れているのが
お分かり頂けますでしょうか?

現実の世界なら、「…え?」の後に
そんなに長い間があいている訳ではないのでしょうが、
「想い」が入っている分、文章が長くなり、
その間は(映画で言えば)スロー状態になっています。

小説で時間を遅くする方法は漫画と同じで、
「実際にはそんな時間ないでしょ」と思うようなシーンで
長々と心境を語る文章を入れる手法です。

こうする事で、そのシーンにスローモーションをかける事が出来ます。

スローモーションには、大きく二つの効果があるように思います。

一つ目は、
「スローモーションでそのシーンに長く関わる分、感情移入がしやすくなる」
という効果です。

これは、スローにする時「心の中の言葉」を使っているため、
自然と感情移入が楽になります。
(人には、相手の心境を聞けば聞く程、
 その人物への思い入れが強くなる傾向があります。これを利用する訳ですね)

二つ目は、
「スローモーションあけの一行が強くなる」です。

上の例で言えば、スローが終わった後の、「私、留学する事に~」の文章が
スローのない場合に比べて、より強い(印象的な)シーンになる、という効果です。

漫画でも同じですが、スローあけのシーンは
溜めに溜めた(じらした)後の一行ですので、じらされた分、自然と注目が集まります。

同じ言葉でも、さらっと言われた場合と、
じらされた後に言われた言葉では、聞こえ方が違ってきますよね。

小説での「じらし」は、こういう心理描写で行うのが
一番自然で、無理のない方法だと思います。

(よくテレビ番組で、「正解はCMの後で!」なんていうのも
 この「じらし効果」を使っているのでしょうね)

小説を書く時には、表現方法やストーリー構成はよく問題になりますが、
実際はテンポ(時間のスピードのコントロール)も非常に重要な要素です。

淡々と同じペースで進む小説より、抑揚のある小説の方が面白くなるという訳ですね。

 

テンポが悪い小説(スピードが無茶苦茶、あるいは、いつも同じスピードの小説)は
読んでいると飽きが来やすいものです。

普段あまり意識する事がないかも知れませんが、
こういう「スピードコントロール」を意識しながら書く事が出来れば、
もっと臨場感のある小説になるのではないのかな、と思います。

「臨場感がない」「盛り上がりに欠ける」という悩みを
お持ちの方は、ぜひお試し頂ければ幸いです。