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ラストシーンの分類

さて、今回のコラムはラストシーンについてです。

小説を書いていて非常に迷うのが、ラストシーンですよね。

小説の最後を飾る部分ですし、
作品に込められたメッセージや志向性が全て表れる部分でもあります。

私自身も、執筆中の小説のラストシーンに
弱冠の変更を加えようとして、あらためてラストの検討をしていますが
とても迷う部分ですね。ここが違うだけで、作品全体の意味が
ずいぶんと変わってきてしまうように思います。

 

自分でも、今の作品にどういうラストが良いのかで迷っているため、
昔に読んだ作品を思い出しながら、どういうラストが良いのかと日々考えています。

そうして思い出しながら考えていますと、かなり大雑把な分類で言えば、
ラストシーンというのは、大きく二つの方向性で作られているように感じます。

一つ目は、「心理的なラスト」。
もう一つは「環境的なラスト」。

この二つが多いように思います。

(これはあくまで、私が今まで読んだものを
かなり大雑把に分けただけの話ですから、決してこれが正解でも
ありませんので、ぜひ参考程度にお聞き頂ければと思います)

 

一つずつ、私の考えを解説していきたいと思います。

まずは「心理的なラスト」についてです。

 

このパターンは、ラストシーンになっても
大掛かりなストーリーの展開(ダイナミックな環境・人物の変化)が無く、
今までに起こった出来事から、自分が気付く事があって
「自分の中で、気持ちや考え方に変化が起きた」
というパターンです。

ちょっとわかりにくいですのでもう少し具体的に挙げてみますと、
例えばラスト直前のシーンで、
登場人物の間で結婚・出産・死亡などがあったり
時代が大きく動いたり、組織が生まれたり潰れたり…。

こういった、「ストーリー上の大きな動き」がない創り方です。
(何をもって「大きな動き」とするかは、感覚によるとも思いますが…)

こうした大きな動きのないラストでは
主に主人公の心境の変化や、人間的な成長が表現されています。

そして、その表現が優れている場合は
とても人間的な、感動的作品になるように思います。
(小説の一番の醍醐味は、「主人公の人間的成長だ」という説もある位ですので)

 

このパターンは、人間的な表現が得意な方や
成長をじっくり書ける方には向いていると思うのですが、
いかんせん派手さが無いのが難しいポイントです。

特にファンタジーなどの分野では、大きな動きが求められますし
それが無い作品はどうしても「ラストが盛り上がらない、つまらない」という
評価を受けてしまう事が多いように思います。

逆に、文学的な作品ではこういうパターンで書いている事が多いですよね。

名作ではそれで感動できますが、逆に名作と言われるレベルに
達していない場合は非常に地味で、後味の良くない作品に
なってしまう事が多いのではないでしょうか。
 

そしてもう一つのパターン、「環境的なラスト」についてですが。
これは先ほどの逆パターンですよね。
ストーリーが終盤に差し掛かるにつれて、
周りの人物や環境、時代が大きく動いていきます。

非常にダイナミックな動きが起こりますので
単純に読んでいて面白いのですが、
逆に「動き」を重視して小説が書かれていきますので
その中にいる人間の感じ方や、人間性の変化が薄くなってしまう傾向があるように思います。

 

ファンタジー系や歴史物の小説は、多くがこのパターンで書かれていますので
動きとしては面白いのですが、作品の最初と最後で
主人公の考え方・価値観に変化が見られないケースが多いように思います。

(その結果、続編が簡単に作れますので、シリーズ化が楽になります。
これはメリットでもあるのですが、小説の醍醐味である
「人間的成長」を表現しきれない部分でデメリットがあるように思います)

 

 

……このように。

ストーリーを創り上げていく際には、
「動きか、心理か」という二択を迫られる事が多くあります。

理想を言えば、これを両方とも取り入れていくのがベストです。

しかし、小説でこれをやろうと思いますと、まずは動きを書かなければなりません。

その上で心理的な変化を書く事になりますが、
そうすると今度は文章が長くなってしまい、作品での動きの
ダイナミックさやスピード感が失われてしまいます。
(結果として、作品の「動き」を上手く表現出来なくなってしまいます)
 

この辺りが、素晴らしい小説を
書こうとする際のジレンマになってくると思うのですね。

動きを重視すれば心理が失われる。
心理を重視すれば動きが失われる。

……解決の難しい問題です。

私自身も、「こうすれば解決できますよ」という技術を
まだ身につけていない状態にあります。

ですので、この記事で「こうすれば良いです」と
ハッキリご説明出来ないのが申し訳ない所だとも思っています。

これについては、いつか私なりの答えをご説明出来ればと思っています。

 

ただ、「解決の糸口がないか」と言われると、そうではありません。

自分なりに、「これをもっと考えていけば、いつかわかるだろう」という
突破口の源のようなものは、考えています。
それは小説ではないのですが…、あの「スタジオジブリ」の宮崎駿の作品が
ヒントになるのではないかと思っています。

特に彼の後期の作品が、「動き」と「心理」の両面を
バランスよく表現できていると思います。

後期作品(特にここ10年)の作品で言えば、、
「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」
などがそれに当たります。
これらの作品では、ストーリー全体で見るととても大きな動きのある作品になっていますが、
それぞれの主人公が、「私はこう変わった」という描写はないながらも
それを観ている側に変化を感じさせる雰囲気や振る舞いを表現出来ていると思います。

これらの作品は、今後ももっと研究して考えていくつもりですが、
私が今時点で考えていますのは、
「心理というのは、地の文で表現せず、態度や振る舞いから表現するものではないか」
という仮説です。

小説では、心理描写は大抵が地の文で表現されますが、
映画やアニメーションでは、地の文の表現が難しい為、それを表情や動きや雰囲気で表現します。

(例えば、ムスッとして口をつぐんだまま
沈黙しているようなシーンなどがそうですね。
これは表情や態度から、今の主人公の心理を、
観ている側が予想する事になります。これは心理描写を使わずに
心理を表現する典型的なパターンです)
 

この技術を、小説の中で上手く使う事が出来れば、
「動き」のダイナミックさと、「心理」の絶妙さの
両方を成立させる事が出来るのではないかと思います。

まだまだ、私も答えのわかっていない分野についての
コラムになってしまい恐縮ではありますが、
私なりの「中間報告」という意味合いで書かせていただきました。

また更に考えて、新しい考えが浮かんだ時点で
連載させて頂ければと思っています。

まだまだ先の答えになるかも知れませんが、
是非とも一緒に考えて頂ければと思いますし、
今後も長いお付き合いを頂ければと考えています。