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こういう文章はやめておこう

先日、「夜のピクニック」という小説を読みました。

お話としては面白いですし、よく売れた本ですので、確かに良いとは思うのですが

単純に文章として「どうだろう…」と考えてしまう部分も多かったため、今回はこの作品の文章から、小説の書き方を考えてみたいと思います。

 

まずはこの「夜のピクニック」でどういう文章が使われているのかを共有しておきたいと思います。

ある章の一節を以下に抜粋してみますね。
(状況としては、高校に「歩行祭」というイベントがあり、
 全校生徒で丸一日歩き続けている中のワンシーンです。笛がなると休憩です)

 

<夜のピクニック あるシーンの描写(以下、引用)>

 

「だけど、うーんと先になって、俺に子供とかできたら、
 会いたいと思うかもしれないな」
「ふうん」
うーんと先。それがこの道の向こうに続いているという実感は今はまだない。
だけど、とりあえず、目の前の道を進んで、高校まで歩いて帰らなければならない。
うーんと先。それはどこらへんにあるのだろうか。
待ちに待った笛の音が鳴り響いた。
昼間は、笛と笛の間隔が随分短く感じられたのに、
今や、次の笛までの時間がなんと長いことか。
「ああー、疲れたあ」

<引用ここまで>

 

…いかがでしょうか。

文学系をかなり読んでおられる方や、文章への感覚の鋭い方でしたら

色々と感じる部分もおありだったかと思います。

この文章を例にあげながら、文章法について考えてみたいと思います。

 


【文章作法その1・地の文が完全な口語】

この作品では、地の文(セリフ以外の全ての説明文)が、完全な口語ですよね。

この小説は一人称(自分の心の中をベースにして書く書き方)ですから
口語で書くのは正解です。手法として間違ってはいません。

しかし、この作品にもありますのは、「完全な口語」ですよね。

 

何が違うかと言いますと。

「それはどこらへんにあるのだろうか」
「次の笛までの時間がなんと長いことか」

などの文章がそれに当たります。

これらはセリフではなく、説明文の中に出てくる文です。
しかし、表現方法としては、完全に口語ですよね。実際に喋る時も
このような形で話します。

特に、「どこらへん」という言葉はそうですよね。
文語であれば、「どのあたり」という表現を使います。

「なんと長いことか」も、やや文語っぽくしてはいますが、
正確に文語で書くなら、「とても長く感じられる」などにした方が良いでしょうね。

要は、「実際に話す言葉をそのまま文章化している」というのがポイントです。

一人称は自分の心を中心にして書く文章ですから、
口語で書くというのも正しいのですが、
あくまで文章として書く以上は
「文語としての正しい形」を使っておく必要があると思います。
(「どこらへん」と「どのあたり」の違いなどがそれです)

「口語で書くと読みやすい文章になる」という法則をそのまま使ってしまうと
「読みやすい」を通り越して、「馴れ馴れしい」「安っぽい」文章に
なってしまう可能性が非常に高いと、私は思っています。

文章と会話は違います。
書く言葉と、話す言葉は、根本的に違います。

文章として書く以上は、「書き言葉」を使わなければ
読み手の方々に強い違和感を与えてしまいます。

と言いますのも。

読み手は、基本的には「読もう」と思って手にとって下さいます。

「読む」事を前提にしているんですね。
「話す」事が前提ではありません。

当然、「読む」ための言葉(書き言葉・文語)を求めている訳で
「話す」ための言葉(話し言葉・口語)を求めているのではないんです。

小説で言いますと。

読み手の皆様は、頭の中で、上手にスイッチを切り替えてくれています。

一人称の小説であっても、
地の文(セリフ以外の文章)は、全て「書き言葉」で読むものだと思ってくれていますし
セリフの文(「」の中の文章)は、実際に話しているところを想像して
読んでくださいます。

これを正確に使い分けるからこそ、
読み手の皆様に違和感を与えず、臨場感のある(まるでその場にいるような)
小説に仕上げる事が出来るのだと思います。

もしも地の文で口語を使ってしまうと、読み手の頭の中のスイッチは
「書き言葉・文語モード」に入っているのに、
実際に書かれている文章は口語になってしまい、
これらが合わなくなってしまうんですね。

本を読んでいて「なんか変だな」という違和感は
こういう場合に起きます。

地の文と、セリフの中の文。
これは違っていて当然ですし、逆にこれがどちらも口語で書かれている場合は
スイッチの切り替えがない分、メリハリがなくなってしまう可能性が高いのです。

これが、一つ目のテーマです。
そして、もう一つ、口語文章の問題点がありますので
次はそれについてお話したいと思います。

 

【文章作法その2・口語の中も、「口語過ぎる」ポイントがある】

先ほど、セリフの文章は実際に話す言葉で良いというお話をしましたが、これもやりすぎると
実は読みにくい文章になってしまいます。

どの代表格が、
「ああー」「うーん」「えーっと」
などですね。

これらの言葉は、かなり上級の方であれば、
状況によって意味深な言葉に仕上げる事も出来るのですが、
一般的に言えば、こういう言葉は小説の中でほとんど意味を持ちません。

 

この種の言葉は、小説の中で頻繁に使っていますと、
テンポがダレると同時に、作品全体の品質も落ちる傾向があるように思います。

しかし。
実際の会話をよくよく聞いてみると、
私達は会話の中では、こういう言葉をとても頻繁に使っているんですね。

つまり。
会話ではよく使うのに、文章で使うと全く効果がない(逆に悪い影響を与える)。

そういう言葉の代表格なんですね。

これらは使い方が非常に難しく、上級の方であれば
伏線を張って、意味深な「うーん」に仕上げる事もできますが、
そうでない場合は、まず避けた方が良い表現と言えると思います。

同様に、「ああー、疲れたあ」の「あ」(「疲れた」の後の「あ」)も
同じ事が言えますよね。

私達は会話の中ではよくこういう言い回しをしますが、
小説でこれをやるとNGと言えるでしょう。

文章と会話は違います。
書く言葉と、話す言葉は、根本的に違います。

これをちゃんと理解した上で小説を書くようにしないと、
どう頑張っても、「ダレた小説」になってしまう可能性が
非常に高いと思います。

良い小説を書くには、
言葉の違いに対して敏感になる事。

これが一番の近道だと思います。

特に、会話と文章との違いは大きいですから、
まずはここの違いを理解するのが一番かなと、個人的に思っています。

「小説がどうしてもダレてしまう」とお悩みの方は、
是非一度お試し下さいね。